進士 美保子 Mihoko SHINJI
「呻吟する手」
キャンバス・油彩、クレヨン
M20号
すべて、子供と手をつなぐためにある。
でも母の娘だった私は・・・。
あれは桜吹雪が舞う暖かい日。
琴平さまの帰り道だった。
小学1、2年の頃。
和装の母と手を繋ごうと、私は
右手で母の手を探し求めた。
ようやく さぐりあてて
母と手をつなごうとすると・・・。
イヤな子だねえ、といって
私の手をふり払った。
その出来事は何十年経った今も、
忘れることができない。
その後も私は母に抱きしめてもらったことも
手をつないでもらったこともない気がする。
母は女学校出て直ぐ、18歳で結婚したので
まだ娘気分が抜け切れていなかったのかも知れない。
母は私に習いごとをいろいろさせたり、
勉強をみたり、
洋服も洋服屋さんで全て誂えてくれた。
幼稚園や小学校遠足のお弁当もハイカラなものでありがたかった。
私が結婚して、二人の娘の出産時には高崎に
帰省して世話になったり、心配事の相談に
のってもらったり、心から感謝している。
父の死後、母が歳をとってからは私と手をつないでスーパーで買い物したり、腕を組んでお芝居見物に出かけたりした。
“お父ちゃん 手ーーー!!”
“オー!!”
今は夫が手をさしのべてくれて
いつでも私の手を握ってくれる。

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