進士 美保子 MihoKo SHINJI
「トイレ 讃歌」
キャンバス・テンぺラ
F20号
「おしりたんてい(ポプラ社 さく・え トロル)」が大好きな次女の長男に触発されてーーー。
私ごとで気がひけるのですが ・・・・。
子ども時代の汲み取り式ボットン便所について
お話ししても よろしいですか!
私の生家には、2つのお便所がありました。
群馬県の松井田町というところです。
東側は家族用、西側はお客様用。
引き戸を引くと、入ってすぐが男子便所、奥が
婦人用でした。
男子便所には朝顔(男の小便用の便器)、女子便所には、金隠し(広辞苑によると、金玉を隠すの意。大便所の便器の前方に設けた遮蔽物。
転じて、そのように作られた陶製の便器、とある。)が。
小さい頃、男性は朝顔だけを、女性が金隠しを
使用するもの、と思ってました。
成長して、
男性も金隠しを使うんだとわかったとき
その名称から、便所も男性優位に出来てるんだなーと思ったのは私だけでしょうかね。
床は、フカフカしており、いつか床が抜けて
深い汚物の穴に落ちるのではないか、とたまらない恐怖を覚えました。
便所の床には高さ15㎝位の掃き出しがあって
床のゴミは箒で外に掃き出しました。
格子窓には木の格子がはめこまれていました。
便所に入ると、右側隅にトイレ用新聞紙が。
父は几帳面で、A5の大きさに切った新聞紙が
お菓子の羊羹をたてたように、美しく積み重ねられていました。
遊びに来た叔母が、兄さんは きちんとしてるけど、それを家族や回りの人に強要しないから
良い、と話していました。
当時は、新聞紙はクシャクシャと手で揉んでから使いました。今では全く考えられませんが、
最初は新聞紙、次に うす黒いチリ紙(塵紙)、
その次は少し白いチリ紙、それから現在のような美しく柔らかいトイレットペーパーに変わってきたわけです。
便所を出たら 手を洗います。
ブリキでできていて水の入ったスマートな
バケツのようなものの底に、ジョウロのように
小さな穴が沢山ある水栓があって、それを
下から手で押し上げると、少し水が出て、それで手を洗うのです。手にも、ジョウロにも水が
流れて洗われるので、清潔な感じです。
脇にはきれいな日本手拭いが下がっていて
これで手を拭きます。
汲み取りは”イシちゃん”という若い 汚わい屋さんにお願いしてました。
ひしゃく で汲んだ し尿は桶に入れ、天秤棒の両端に下げます。し尿は一番大きな囲いに入れ
熟成させた後、畑に肥料として撒きます。
撒いたあとの畑を何度となく目にしたことが
あります。
私が夜中、階段を降りてお便所に行くのが
怖くていけないと思った母が、廊下のつきあたりにブリキの “おまる”を用意してくれました。
夜中、用を足しながら、薄明かりの洩れたカーテンを ほんの少し開け、街灯に照らされた通りが浮かび上がっているのを、ぼんやり眺めて
いたものです。
いろいろ書いてきましたが、トイレの光景は、
私の人生において、長いこと私の頭の一角を
占めてきたように思います。
或る種の恐怖感のような!又、なんか懐かしい
思い出のような。
それがやっといま、ウォッシュレット付きの暖かな便器に腰掛け、やわらかでカラフルなトイレットペーパーをつかい、お湯の出る水道で手を洗い、何の心配もなく、心地好い気分で
トイレをあとにできるようになったのです。
幾多の変遷を経て、現在のトイレが出来たと
思うと、ありがたく、夢のようです。
TOTOの皆さん、ありがとう。
そんないろんな思いがこめられたのが
この絵であります!
トイレット讃歌
バンザイ!!!

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